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ウェルカム・トゥ・サンパウロ

2008年11月23日(日)12:25
東京フィルメックス
ウェルカム・トゥ・サンパウロ(Bem-Vindo A Sao Paulo)
有楽町朝日ホール

ブラジルという名前は木から取られた。赤い染料ができる。ヨーロッパで重宝がられ、伐採されて輸出された。今では当時の7%しか残っていない絶滅危惧種だ。カエターノ・ヴェローゾのそんな朗読で始まる、17の短篇を集めたオムニバス映画。

日系三世のオオヤマさんに岡田茉莉子がインタビューする吉田喜重監督の作品。オオヤマさんのおじいさんとおばあさんは日本から出た「3番めの船」に乗った。3世代で100年。「ブラジル人が日系人を受け入れたのですか、それとも日系人がブラジルに融け込んだのですか」という質問に、オオヤマさんはすかさず「日系人が融け込んだのです」と答えた。

ジャカランダ~パウ・ブラジル。カエターノが慈しむように発する言葉の独特の響き、アクセント。ポルトガル語でもないようだと、ここで中原仁さんのブログをみたら、「先住民族の言語、トゥピ語のさまざまな名詞を読み上げる。かつてのトロピカリアに影響を与えたコンクリート・ポエムの手法」とのこと。呪文のような催眠効果。ときどき眠りこける。
http://blog.livedoor.jp/artenia/archives/51534655.html

ツァイ・ミンリャンの撮った巨大なアパートメントの人間模様。○○の撮ったヴィヴィッドな色使いのHoliday Inn。ゲストスピーカーのひとり、ダニエラ・トマスが監督した作品はタルコフスキーの惑星ソラリス。最後のウォルフガング・ベッカー監督「Bem-Vindo A Sao Paulo」は、Google Earthかイームズのパワーズ・オブ・テンか。地球の絵から、南米大陸~ブラジル~サンパウロ~町のレコードショップをクローズアップ。カエターノのMuitoのLPがみつかり、ターンテーブルに乗っかり「サンパ」がかかる。来月のジョアン、これまでの来日公演ではカエターノの曲をまだ一度もやってないのではなかったか。今度こそ?

その他、併映
河の上の幸福 Cry Me a River
監督:ジャ・ジャンクー(JIA Zhang-ke)

可視から不可視へ From Visible to Invisible
監督:マノエル・デ・オリヴェイラ(Manoel de OLIVEIRA)

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2008/11/23(Sun)
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カルトーラ サンビスタの物語

2008年10月12日(日)13:30
ブラジル映画祭2008
カルトーラ サンビスタの物語
表参道ヒルズ スペース[オー]

昨日予習のつもりで、買って一度しかみていなかったDVD「Cartola MPB Espesial - 1974」をかけてみた。DVDに添えられたオフィス・サンビーニャ田中勝則さんの解説で、その日2008年10月11日はカルトーラの100回めの誕生日であることを知った。そうだったのか。なんとまあ。

映画をみて3度泣いた。1回めはネルソン・サルジェントが出てきてうたうところ。田中さんがプロデュースした「裏山の風景」のライナーノーツで、アルバム制作中、ネルソンの家に滞在して田中さんは彼の娘さんにラヴレターをもらったとか、ネルソンは本気で2人のことを心配していたとか、そういう話を読んで印象深く憶えていた。「サンバは死なず」も。

2度め、カルトーラがお父さんのためにうたうところ。カルトーラが10代の頃、父は彼を「家名を汚す」として捨てた。変転あり、しまいに一緒に暮らしはじめた父子。ギターを爪弾く父と並んで、カルトーラが座っている。

カルトーラ「子供の頃は勉強が嫌いでね。父が演奏するギターのほうが気になったよ。何かやろうか?(父からギターを受け取って)」
父「サンバをやってくれないか」
カ「どの曲を?」
父「人生は風車を、頼む」

「人生は風車」はカルトーラの代表曲で苦い曲。父、リクエストが渋すぎる。あんたやっぱり息子を愛してたんじゃないのか。うたうカルトーラよりも父の表情をみていたら涙が止まらなくなった。


(まだ早いのに、恋人よ/きみは人生を知り始めたばかりで/もう出発の時をうんぬんしている/とるべき進路さえも/知らないで。/気をつけるんだ、いとしい人よ/きみが決めたことは知っているが/曲がり角にくるたびに/少しずつ落ちぶれるものさ/そして間もなく/きみはいまのままではなくなるものさ/僕の言うことをよくお聞き、恋人よ/気をつけるんだ、世間は風車/きみのささやかな夢すら砕いて/空想を粉々にしてしまう/気をつけるんだ、いとしい人よ/きみはどの遺産からも/冷笑だけを相続することになる/きみがどん底のふちにいると気づいた時/みずからの足で掘ったどん底のふちに。/歌詞聴取&対訳:国安真奈=カルトーラ第1集&第2集のライナーより)

映画は、葬式の場面で始まり、葬式の場面で終わる。どちらもカルトーラ自身の葬式。ラストで3度めの涙が滲む。自分の人生は西部開拓のようだと、カルトーラは語ったという(長い苦しみの末に幸せに到達する)。エルトン・メデイロス、パウリーニョ・ダ・ヴィオラ、ベッチ・カルヴァーリョ、etc、etc。この映画は人類の文化遺産として、必ずDVDにしてほしい。自分にとって、ジョアン、ジョビンよりも前にある人だなあ。

カルトーラの1番の名曲は
www.latina.co.jp

※追記
第2次世界大戦前夜、F. D. ルーズベルトの善隣外交政策のもと、L. ストコフスキーの指揮でカルトーラの曲がColumbiaに録音されたという話。
www.mtv.com

2008/10/12(Sun)
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ディス・イズ・ボサノヴァ@Q-AXシネマ

ディス・イズ・ボサノヴァ
(原題は、Coisa mais linda この世でいちばん美しいもの)
パウロ・チアゴ監督
2005年

公開初日、来日したカルロス・リラのトーク&生演奏付き。楽しいエピドード満載でよかったけれど、上映時間2時間はちょっと長かったかな。最後がややだれ気味だった。シェガ・ヂ・サウダーヂは、ジョアンの音ではなくエリゼッチ・カルドーゾのが使われていた。権利の問題だろうか。

http://www.wisepolicy.com/thisisbossanova/

2007/08/04(Sat)
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サクリファイス@早稲田松竹

アンドレイ・タルコフスキー監督
スウェーデン、フランス
1986年

心が泡立ち、ざわつく映画。見るもの次第で様々な解釈ができるように映画を作っている。タルコフスキーがインタビューでそんなことを語っているのを読んだ。ダヴィンチ作・東方の三賢人の礼拝の絵が再三フォーカスされる。ニーチェの永遠回帰が話題になる(ツァラトゥストラ=ゾロアスターは東方の宗教)。日本の尺八演奏がフィーチャーされる。魔女の名前がマリアである。というように、宗教上・思想上のモチーフを示すけれど、作品の読み方は観客にゆだねられる。

核戦争勃発を示す轟音は、米軍のNLP(夜間離着陸訓練)の騒音に似ていた。家族の団欒を容赦なく上空から押しつぶす音。小学生の頃、曇りの日は必ず帽子を着用しなければならなかった。なぜなら中国の核実験で曇りの日は特にたくさん放射能が飛んでくるから、帽子なしではハゲになる。西のほうにある座間キャンプの、さらに上の西の空を仰ぎながら怯えた。危うい時代のエッジを生きたという自覚がある。映画が公開された1986年にチェルノブイリ原発事故。新潟の柏崎はチェルノブイリのようにならずにすむのだろうか。

http://www.imageforum.co.jp/tarkovsky/scrfc.html

2007/08/04(Sat)
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街のあかり@ユーロスペース

アキ・カウリスマキ監督
ユーロスペース

「浮き雲」(1996年)、「過去のない男」(2002年)に続いて、アキ・カウリスマキ「敗者三部作」の最終章だそうだ。前売券を買って映画を観ることなどほとんどないのだが、今回はそうした。犬のパユをあしらったエコバッグがもらえたから。予告編で流れたカルロス・ガルデルの歌に惹かれたから。以前「過去のない男」のDVDをちょっと気になった女子に貸してもらって気に入ったから。理由はいろいろ。

孤独で連戦連敗の負け犬、コイスティネン。幸福になれない。幸福になりたいと思っているのかもわからない。「脇が甘い!」「話してしまえばいいだろう!?」と叫びたくなる。不器用で、人が好い。死んだ兄に似ている。

コイスティネンは自分でアイロンもかけるし、肉も焼くし、孤独な人生を生きるに十分なインディペンデントな男である。友達も家族も恋人もないが、人(恋人になるかもしれない)を部屋に招くときに、テーブルに花を飾るのを忘れない。しかし、バカヤロウなのは、自分自身に想いを寄せているアイラに無頓着で無慈悲ということだ(ソーセージを売るアイラのトレーラーは、沖縄残波岬のバスを思い起こさせた)。

希望にあふれた、実に印象的なラストシーン。パンフレットによれば、ロベール・ブレッソン「スリ」の映画的記憶が埋め込まれているという。エンドロールで流れるカルロス・ガルデルの「想いの届く日(El dia que me quieras)」を、帰宅してからもう一度、二度、何度も聴いた。さらにDVDを確認すると、同名の映画(1935年)で同曲を歌うガルデルの映像がある。想いを成就した2人が手を握り合い、ガルデルが甘い愛の歌を歌う。まるでオペラのアリアのようだ。ブレッソンの映画は知らないが、あのシーンをこの曲でフォローしたのは、ガルデルのこの映画を意図したのではなかっただろうか。

2007/07/16(Mon)
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低開発の記憶―メモリアス―@渋谷ユーロスペース

1968年製作のキューバ映画。エドムンド・デスノエス原作。監督は『苺とチョコレート』のトマス・グティエレス・アレア。資産家の中年男セルヒオの精神的没落と、彼の目を通して描かれる革命直後のハバナ(1961年4月のピッグス湾侵攻後から翌年10月のキューバ危機まで)。「革命」というと一夜にして黒だったものが白に変わったと考えてしまいがちだが、変化はしだいしだいに起きたのだということがわかる。

セルヒオは街で美少女エレナをナンパする。かつて妻を磨き上げたのと同じように彼女に教育(開発)しようと、美術展を見せたりヘミングウェイの家を訪ねたりする。やがて彼女が(キューバと似て)低開発であると知る。「エレナの気分は常に移り変わる」「情緒であれ知性であれ、ここではすべてが長続きしない」「この国は、緩過ぎるのだ」。セルヒオはエレナを無下に捨て、仕返しに強姦罪で告訴される。裁判で無罪放免にはなるが、「あまりに多くのものを見てしまった」ため解放感に浸ることができない。このエピソードには身に詰まされるものがあった。

「開発」を巡る政治討論会で、アメリカ人の若者が質問に立ち、「革命が本当にユニークなものだとしたら、なぜこうした討論をちっとも革命的でないアルカイックな方法でやっているんですか?」と皮肉るシーンがある。セルヒオの性的妄想シーンも含めて、こうした部分が検閲された感じはない。キューバはやはりソ連と違う。「開発」というイデオロギーは現在なお強固で、アメリカ資本に食い物にされているジャマイカの現状を描いた『Life & Debt ジャマイカ 楽園の真実』という作品があった。ジャマイカにはカストロのような指導者がいなかった。

心理描写やモノローグにヌーヴェルヴァーグ的な匂いが濃厚なのは、1968年という時代のせいか。プログラムの解説によれば、ルイス・ブニュエルの映画からの引用が多々あるそうだ。このような優れた作品が、それでも本国ではフィルムやネガが朽ちる寸前で、ようやくデジタル化されての日本初公開。DVD化の計画もあるそうなので、先日隣りのスクリーンで観た『コマンダンテ』とセットで手に入れたいものだ。

オフィシャルサイト
http://www.action-inc.co.jp/memorias/

2007/06/16(Sat)
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コマンダンテ@渋谷ユーロスペース

オリヴァー・ストーン監督「コマンダンテ」。キューバの最高指導者フィデル・カストロ(80歳)のインタビュー映画。先週観た「ロストロポーヴィチ人生の祭典」のロストロポーヴィチ(旧ソ連のチェリスト/指揮者)も80歳(4月27日死去)。かつ、そちらもインタビュー映画と呼べそうなもので、偶然にも1週間のうちに、元社会主義国の音楽家と現社会主義国の革命家、同い年のお爺さんが主人公で、同じような作りの映画を観ることになった。

平日の映画鑑賞は危険で、心配したとおり上映開始直後から眠気に襲われた。でも、カストロがストリートに出て子供たちから「コマンダンテ(司令官)、コマンダンテ」と慕われる印象的な場面で目がぱっちり。バックに流れたソノーラ・マタンセーラのYerbero Modernoに親しんでいたことも眠気ざましに役立った。

キューバ危機(当時の在キューバロシア大使の非力なスペイン語能力が事態を複雑にした)、ケネディ暗殺(アメリカの国家的関与を疑っている)、ヴェトナム戦争への関与(捕虜への拷問はなかったと断言)、旧ソ連/ロシア指導者(フルシチョフとは気が合った、エリツィンと酒量を競うのは大変だ)、南アの核保有、環境問題などなど…、不世出の革命家の貴重な肉声が記録されている。どんな評伝やドキュメンタリーも敵わない、これはオリヴァー・ストーンの大偉業といえるのではないだろうか。DVDほしい。

8~9年前にキューバに旅行して、革命広場を訪ねた。ホセ・マルティ像(とタワー)の背後にカストロのオフィスがある。通り越しにカメラを向けて写真を撮っていたら、銃を携えた衛兵にシッシッと追い払われた。そのオフィスの内部が今晩見られたのは感慨深かった。旧市街、マレコン通り、コヒーマルの懐かしい情景。ストーンとカストロが食事をしていたコヒーマルのレストランは、ヘミングウェイが行きつけていたラ・テラサに違いない。

エンドロールが流れ始める寸前、ラストでかかる曲のイントロのフレーズにカストロの演説を重ね合わせて、あたかもカストロがラップをしているように聞かせる場面があった。これは素晴らしいアイデアだ。「本題には関係ないので手短かに付け加えますが、キューバは音楽の国ですから」と。パンフレットを見たら、音楽担当のアルベルト・イグレシアスはペドロ・アルモドバル監督作品でも仕事をしていた。そうかそうかそうだったなそれではと「トーク・トゥ・ハー」のサントラを聴きながら帰ったら、カエターノの歌声(ククルククパロマ)が聞こえてきて、何となく気分は昨晩のマリーザ・モンチのライヴと地続きとなったのだった。

2007/05/30(Wed)
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ロストロポーヴィチ人生の祭典 Elegy of Life Rostropovich. Vishnevskaya.

先月末に亡くなったロシアのチェロ奏者ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(とその妻でソプラノ歌手のガリーナ・ヴィシネフスカヤ)の記録映画。監督アレクサンドル・ソクーロフはイッセイ尾形演じる昭和天皇を主人公にした『太陽』を撮った人(作品は未見)。100分余りの映画で、情報量の多いこと多いこと。音楽が単に音楽ではいられなかった旧ソ連だから。夫婦の金婚式に出席したボリス・エリツィンはロストロポーヴィチ死去の1週間ほど前に先立った。プロコフィエフとスターリンが同日45分差で死んだエピソードがロストロポーヴィチの口から語られる(映画ではなくプログラム)。ヨーロッパよ、さようなら。新しいヨーロッパに、こんにちは。ショスタコーヴィチとマーラーへの言及など、いろいろ思考の糧を与えられた気がする。

2007/05/23(Wed)
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歓びを歌にのせて

04290001.jpg
スウェーデン映画「歓びを歌にのせて」を観てきた。
www.elephant-picture.jp/yorokobi

あまり予備知識を持たずに出かけたのがかえってよかった。音楽が人の心を開き、結びつけ、大切なことに気づかせる。さまざまな登場人物の人生模様が描かれる2時間。簡単に要約することはできないし、要約する必要もない。スウェーデンの冬は長く暗く厳しいから、人々はことのほか夏を愛するという。その理由がわかった気もする。劇中歌の白眉は「ガブリエラの歌」。サウンドトラックを買おう。

今回初めて、下高井戸シネマの内部側壁にブルーとイエローのストライプ装飾があることに気がついた(写真)。偶然にも、スウェーデン国旗の2色である。きっと会場に天使がいて、「あそこを見るんだよ」と示してくれたのだろう。

2006/04/29(Sat)
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カンデアルの奇跡

Lucas_Claqueta.jpgCarlinhos_-Bebo.jpgCarlinhos02.jpg
「ヒスパニック・ビート・フィルム・フェスティバル」という催しで、『カンデアルの奇跡 El Milagro de Candeal』というスペイン映画を観てきた(青山スパイラルホール)。監督はラテンジャズの傑作ドキュメンタリー『Calle 54』を撮ったフェルナンド・トゥルエバ。

キューバの老ピアニスト、ベボ・バルデスがブラジルのバイーアを訪ねて、カルリーニョス・ブラウンやカエターノ・ヴェローゾに会って…というくらいしか予備知識はなかったのだけれど、期待をはるかに上回る、最高に良い映画だった。ベボは1947年にハイチで「バイーアを訪ねなさい」と託宣を受け、50数年後にようやく彼の地を訪ねる。みずからのルーツを探る旅であり、それは運命によって定められていたと語る。

音楽が媒介となって人々が出会う。音楽が磁力となって人々を結びつける。ドキュメンタリーにしても演出はあるだろうが、しかしこの映画には、観る者の感動を誘う奇跡的なシーンが多々あった。地域のコミュニティ再生と教育に取り組むカルリーニョス・ブラウン(こんなにいいやつだと思わなかったよ)、そして、カエターノ・ヴェローゾ(「神の贈り物のような美しい声だ」というベボの褒め言葉に照れていた)、ジルベルト・ジル(今年、来日しないの?)らの姿にもやられて、ほとんど全部のシーンで拍手したかった。上映中はグッと我慢、エンドロールが終わった後で辛抱たまらずスクリーンに向かって拍手した。こんなことは初めてだ。

帰宅してCalle 54のDVDを再チェックしたら、もう一度びっくり。そうかそうか、この人ベボは、キューバの超絶ピアニスト、チュチョ・バルデスのお父さんで、親子でピアノデュオを聴かせていた人だった!

カストロらによる革命を嫌い、スウェーデンに移り住んで40年たつというベボ。いつか故郷キューバにも帰ってみてもらいたい。アリ・バホーゾの「ブラジルの水彩画」を何度も演ったという「トロピカーナ」で、もう一度演奏してみたくはないだろうか? そんな機会があれば、観てみたい。

DVDが出たら絶対に買います。まずはサントラ買おう。

Hispanic Beat Film Festival 2005
El Milagro de Candeal
Calle 54

2005/09/24(Sat)
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