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井上道義;広島交響楽団  ショスタコーヴィチ:交響曲第9番、第14番

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番 変ホ長調 Op. 70
ショスタコーヴィチ:交響曲第14番 ト短調 Op. 135*
指揮 井上道義
*ソプラノ アンナ・シャファジンスカヤ
*バス セルゲイ・アレクサーシキン
管弦楽 広島交響楽団
日比谷公会堂

5日目。今日は2階の最後列で演奏を聴いた。これがよかった。横に人がいないので窮屈でないし、段差が急なおかげで脚も組める。なによりステージ全体を一望できる。階下5列目の通し券の席は、演奏者の表情を見るにはいいが、音楽を聴くには適さない。残りの演奏会も会場に早めに着いて、このへんで聴くといいかもしれない。

2階に座ったおかげで管楽器がよく聞こえる。第9番第1楽章冒頭、トロンボーンのファ・シ♭ーがダイレクトで届いてくる。階下だと人垣をかき分けてか、天井に反射してだから。この変ロ長調と主調の変ホ長調は管楽器向きの調との由(ttp://ja.wikipedia.org/wiki/変ロ長調)。第3楽章、うきうきするような楽しさ。クラリネットが活躍。鈍重なファンファーレのような第4楽章、こちらはファゴットが活躍。

「今日の演奏を広島交響楽団にお願いしたのは、やはり原爆のことがある」と井上さん。6月に広島に出張したとき、原爆死没者慰霊碑の前で外国人向けガイドが「過ちは繰返しませぬから」をWe'll never repeat the evilと訳していてハッとしたのを思い出す。日本語の「過ち」は英語では「evil」なのか。日本語では明示されない主語はweなのか(ttp://ja.wikipedia.org/wiki/原爆死没者慰霊碑)。

第14番。第2楽章からスリリングに移行した第3楽章「ローレライ」に深い感銘を受ける。第4楽章「自殺者」、シャファジンスカヤのふくよかなソプラノに寄り添うチェロがすばらしい。シャファジンスカヤの歌は圧倒的。この楽章、第5楽章「覚悟して」(打楽器もすばらしかった)、第10楽章「詩人の死」、終楽章も、声量・存在感でアレクサーシキンを上回っていた。右手で譜面をめくる様子が男の横っ面をはたくようだった、ああ恐ろしい。

広島での演奏の模様、指揮者と歌手のコメント
ttp://kajimotoeplus.eplus2.jp/article/67121195.html

先週、第13番第2楽章「ユーモア」を聴いて、概念の擬人化にふと星新一のショートショート作品を思い出した。今日帰りがけに本屋で、星新一がお父さん星一を通して明治人を描いた「明治の人物誌」という本を見つける。後藤も登場しており、スターリンとの会見や、日比谷公会堂のことも少しだけれど触れられていた。

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2007/11/18(Sun)
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井上道義;サンクトペテルブルク交響楽団  ショスタコーヴィチ:交響曲第10番、第13番

ショスタコーヴィチ交響曲第10番
ショスタコーヴィチ交響曲第13番 バービイ・ヤール*
指揮 井上道義
バス セルゲイ・アレクサーシキン*
合唱 東京オペラシンガーズ*
サンクトペテルブルク交響楽団
日比谷公会堂

10番。音名象徴のパッチワークのような曲だから、演奏で命を吹き込むのが難しいのかもしれないなあ。第1楽章を聴いてそう思った。ふだん聴き慣れているカラヤン&ベルリンフィルの演奏が、もしかしたらアーティフィシャルに出来すぎているのか。第2楽章の勢いはものすごかったが、第3楽章はふるわず、ミ・ラ・ミ・レ・ラのホルンはなんだか寂しげ。井上さんのコメント(ショスタコーヴィチは作曲界の長嶋、イチロー、松井)も褒めているんだかなんだかわからないし、あまり好きな曲ではないのかもしれない。他の機会に実演を聴くときまで、今日の演奏の評価は保留。

しかし隣りの席のおじさん。途中で眠りこけたりしてたくせに、演奏が終わったとたんに「ブラボー!」って、あんた、そりゃあないだろう。

13番。アレクサーシキンの歌がすばらしかった。第1楽章「バービイ・ヤール」の、「私は決して忘れまい、ここで銃殺された老人のひとりひとり、子どものひとりひとり」の部分での表現(消え入るような、祈るような)に感じ入る。第4楽章「恐怖」の、「むろん、恐怖はつきものさ! じゃあ、妻との会話は?」の迫真さに「ご自身恐妻家なのかなあ」と思ったり。おどろおどろしく(バスのロシア語はおどろおどろしく聞こえる)、単調になりがちな歌唱を、幅広い表現で聴かせてくれた。何より、歌うときの姿勢がいい。

プログラム解説に載っている歌詞対訳と注釈(一柳富美子さん)が優れていて、エフトゥシェンコの詩の理解を助けてくれた。字幕制作の担当も一柳さんだったよう。字幕制作の苦労(タイミングや字数、言葉遣いなど)は本で読んで知っていたが、今日はそれを実感するファインプレーを少なくとも2つ目撃。第3楽章「商店にて」で、「俺はペリメニをポケットに突っ込むと」の部分、「ペリメニ」(ロシア風水ギョーザ)を「即席食品」と訳した機転。また、第5楽章「立身出世」で、作家「トルストイ」の名が出てくる場面。ロシアにはトルストイという姓の作家が複数いる。「(トルストイとは)レフの方?」という質問を、「(トルストイとは)文豪の方か?」と書き換えた。日本人にとってトルストイとくれば、“ロシアの文豪”だからな。

オーケストラも一転、脇役に回ると渋く輝く性格俳優のような。第5楽章のチャーミングな木管と弦の合奏。

第2ヴァイオリンのおじいちゃんなんて、ひとりは開演早々ボウタイが苦しくて外してしまうし、もうひとりはコンコン咳をしてるし。と、ここで気付いたのだが、そうなのか、サンクトペテルブルクの名を冠するオーケストラは2つあるのか、知らなかった。ムラヴィンスキーのオーケストラはこの楽団ではなかったのか…。もっと勉強しよう。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/サンクトペテルブルク交響楽団
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団

2007/11/11(Sun)
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井上道義;サンクトペテルブルク交響楽団  ショスタコーヴィチ:交響曲第7番

ショスタコーヴィチ交響曲第1番
指揮 井上道義
千葉県少年少女オーケストラ
ショスタコーヴィチ交響曲第7番 レニングラード
指揮 井上道義
サンクトペテルブルク交響楽団
日比谷公会堂

戦時中に日比谷公会堂は、空襲で亡くなった人たちの遺体置き場になった。井上さんが今日語っていたエピソードは、チクルスのプレイベントで室井摩耶子さん(井上さんが子どもの頃のピアノの先生)が話していたものだ。

帰宅してテレビをつけたら、アド街ック天国で上野池之端を特集していた。一緒に見ていた母は、東京大空襲直後その付近に見物に行き、不忍池に多数の遺体が浮かんでいたことを憶えているという。住んでいた幡ヶ谷周辺では、大山公園にトラックで次々と遺体が運び込まれた。「あの公園には、だから、“たくさん”埋まってるのよ」。

戦争が終わり、19歳か20歳になった彼女は、家に下宿していた医学生のタカヤマさんに連れられ、ベートーヴェンの第9をホールに聴きに行った。定かなことは憶えていないそうだが、まだ昭和30年頃のことだというから、会場はやはり日比谷公会堂だったのだろう。

今日の第7番。尋常でない響き、巨大な演奏。増強された金管が強烈。右側、安田善次郎の下あたりにトランペット3本とトロンボーン3本。左側、後藤新平の下にホルン3本(音が反響して頭の左後ろから聞こえた)。フィナーレはそれら全員が立ち上がる、鳥肌ものだった。井上さんが「7番はこのオーケストラが初演した」といったのは誤解だと思うが、「サンクトペテルブルク響の宝物」というのは本当だろう。オーケストラの並々ならぬ気合いを感じた。ナチス・ドイツによって1941年9月から900日間にわたり封鎖されたというレニングラードに、親類または自分自身がいたというメンバーもあったかもしれない。

第1楽章 28~29分
第2楽章 11~12分
第3楽章 18~19分
第4楽章 フィナーレに感動して時計見るの忘れた

千葉県少年少女オーケストラの第1番。上手だった。明るい響きで。指揮者を一心に見つめるヴィオラの女の子の目が印象に残った。下は10歳からという少年少女。母もこのくらいの子どもだったのだろう。現代の日本は、とりあえず平和だ。

2007/11/10(Sat)
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井上道義;サンクトペテルブルク交響楽団 ショスタコーヴィチ:交響曲第5番、第6番

ショスタコーヴィチ交響曲第5番、第6番
指揮 井上道義
サンクトペテルブルク交響楽団
日比谷公会堂

第5番の出だし、極太の筆で墨を散らさんばかりの強奏で始まるのかと思いきや、せいぜい中太マジックペンくらい。直後にヴァイオリンとヴィオラの音の乱れもあって、アレレ…という感覚から立ち直るのにしばらくかかった。昨日の第1番もそういえば最初はガタピシしていたし、肩が暖まるのに時間が必要なのかな。って野球の投手でもあるまいし。第2楽章はとても機能的で素敵なスケルツォ。音に身を委ねて聴けた。続く第3楽章は美しさを再認識。この粘っこく悲しい曲想はピアノ五重奏の第4楽章にも通じ、受ける感銘はショスタコーヴィチの音楽ならではのものだ。

注目のフィナーレ。どんなテンポでやるのか興味津々だった。入場前、「終楽章の乱痴気騒ぎ」と皮肉っている指揮者のコメント(写真)を読んだのでなおさら。果たして、速度は中庸。というより遅い部類に入るのではなかろうか。これがいい。それでいてスタートレックのテーマ風(と勝手に自分で名付けている)展開における突き抜け方も申し分なし。木管と打楽器もすばらしく、説得力のある演奏だった。

第6番。実演を聴いてこの曲が大好きになった。第1楽章、弦のトレモロが係留されたままフルートがソロをとるさまが美しい。第2楽章、クラリネットをはじめ木管の立ち上がりの良さ。ここでもフルートが活躍。終楽章はウイリアム・テル風、いつもCarlos MalcolmのBonanza Skaを思い出す。個人技を要求しながら、アンサンブルをいかにさまざまに響かせるかという、オーケストラという“楽器”の性能テストのような曲ではないだろうか。

今回のチクルスのプログラム解説で音楽学者の一柳富美子さんが第5番の「新解釈」を提示していて、ここには不倫相手へのメッセージが隠されているのではないかという。第5番を「革命」と呼ぶのは日本人だけなのだろう、「不倫」のほうが「革命」よりいっそう普遍性がある。ちょうど70年前にムラヴィンスキー指揮で初演をしたオーケストラを、今回自分のやり方で鳴らしてみせた井上さん。とても嬉しかったのではないだろうか。拍手に呼ばれて二度目に出てきたとき、ウルウルしていたように見えた。

2007/11/04(Sun)
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井上道義;サンクトペテルブルク交響楽団 ショスタコーヴィチ交響曲第1番、第2番、第3番

ショスタコーヴィチ交響曲第1番、第2番、第3番
指揮 井上道義
サンクトペテルブルク交響楽団
合唱 栗友会
日比谷公会堂

「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト2007」の初日。階下の5列目中央が、これから1カ月あまり8回にわたる演奏会の定席。ステージ上の誰かがクラウドサーフィンすれば(すればだが)、受け止めなければならないくらいの距離である。火曜日にデイヴィッド・シルヴィアンを観た席と同様、近過ぎて全体の見通しが悪い。

でも、近くだからこそ楽しめたのが、指揮者と演奏者の表情。第1番、舞台に登場した井上さんをはじめ楽団の表情が硬い。観るほうにも緊張があり、ちょっとしたアンサンブルの乱れにヒヤヒヤしたり、スリリングなことこの上ない。音楽を推進させることでそうした硬さをほどき、聴き手を巻き込んでいったのは井上さんの力量だろう。踊るような指揮姿は、瞬間瞬間の聴き所を身振りで伝えていた。最終楽章の躁急なフィナーレを聴きながら、私はほとんどニコニコ笑っていた。この第1番は素晴らしい、音楽はやっぱり素晴らしい。

第2番の開始前に、亀山郁夫さん(東京外語大学長、プロジェクト実行委員のひとり)と井上さんのトークあり。亀山さんが教えてくれたのが、第2番が作曲された1927年前後のサンクトペテルブルク(レニングラード)の文化状況。ゲストをステージに迎えておきながらしゃべりまくる井上氏。

第2番で踊る指揮者。この曲を聴くときは「27声のウルトラ対位法」に身構えていたものだが、踊ってもいいのねと目からうろこ。要所に入るサイレンのギミックも効きめがあり、もやーっとした印象のあった同曲のイメージを一新してくれた。演奏を終えた井上さんの、してやったりの表情が印象的だった。第3番を終わってようやく楽団員たちの表情が和らぎ、リラックスして見えたのが聴き手としても嬉しく。これから3回ある同楽団の公演もいい緊張感の中で演奏を聴かせてもらえればいいなと思う。

2007/11/03(Sat)
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