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ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団@新宿文化センター

2008年3月29日(土)14:00
フルムーン Vollmond
演出・振付:ピナ・バウシュ
美術:ペーター・パプスト
衣装:マリオン・スィートニー
出演:パブロ・アラン・ジメーノ ライナー・ベーア シルヴィア・ファリャス・エレディア ディッタ・ミランダ・ヤジフィ ドミニク・メルシー ナザレット・バナデロ エレナ・ビコン ホルヘ・ブエルタ・アルメンタ 瀬山亜津咲 ジュリー・アン・スタンザック ミヒャエル・シュトレカー フェルナンド・スエルス・メンドーサ
[制作ノート]
舞台後方、月のかなたから燃え続けて落下したと思われる、巨大な黄金の隕石のような物体のそばに川が流れている。
www.pina-bausch.de/stuecke/Vollmond.html


ダンスというのは、何かを表現するアートの中でも、他と異なる気がするね。

というと?

音楽家であれば楽器や喉から出る音が聞こえるし、画家であれば描く色や線が見えるわけだが、ダンサーは自分の肉体の表現を自分で見ることができない。自分の瞳を見ることができないのと同様、少々哲学的な問題を孕んでいるような。他者のまなざしと一対になって表現が成り立つという点では、他のアートと変わりはないのだが、音楽なら自分の音に酔い、絵ならば色に酔いというのがあるでしょう。ダンサーのモチベーションは何なのだろうか。そこのところを、うまく想像できないんだ。

それは私も想像がつかない。左足が2本あるからね。

何だって?

いや、気にしないで。それにしても今日の舞台、すごかったねえ。あの水の量はどうだろう。一体、どこへ排水したのだろうか。

そう、それは気になるな。あの光は月の光で、演出上も太陽の光=蒸発というエコシステムが担保されていないから余計にね。前の週の「パレルモ、パレルモ」でも、例の巨大な壁があった。舞台装置の“ちょっと普通ではありえない感じ”が、観る者を非現実、架空のステージに一気に引きずり上げてしまう効果があった。

うん。「パレルモ、パレルモ」は、叙事的、現代史的なエピソードが盛り込まれており、自然と対立する人間―端的にいえばゴミを産むもの―というテーマがあったけれど、それに対して「フルムーン」は、ダンサーの数も男6女6、小道具も少ないし、月光、水が肉体にどのような作用をするかということに焦点を当てた、ダンスとしてはわかりやすいステージだった。

降る水、流れる水、跳ねる水、溢れる水。水にいろんな形象が与えられていた。冬に日本各地で行われる祭りのような、ね。

たとえば、どんな祭り?

いや、よく知らないんだけれども、寒中にやるようなやつさ。私はダンスやバレエのたぐいをふだん観に行く機会がないので、今回の2回の公演はとても勉強になったよ。お客さんにも、いかにも自分で踊りをしそうな姿勢の良い人がいる。女性もきれいな人が多い気がしたな(笑)。

そうか、きみが最近よく通っているクラシックの演奏会と違う?

かなり違うね。休憩中とか、見ていて面白いよ。ところで、4月24日、25日に、グルーポ・コルポというブラジルの舞踊団が来日して、「オンコトー」というプログラムを演る。カエターノ・ヴェローゾとジョゼ・ミゲル・ヴィズニックのつけた音楽が抜群にすばらしかったので、行ってみようかな、と思っているんだ。

そう、きみはダンスのことを何も知らないから、そういう縁があれば数をこなすといいよ。数が質になる時がいずれ来るからね。

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2008/03/29(Sat)
ライヴ - その他の演芸 | trackback(0) | comment(0) |


金聖響;東フィル、小山実稚恵@文京シビックホール

2008年3月22日(土)
東京フィル 文京シビックホール
響きの森クラシック・シリーズ Vol. 23
指揮 金聖響
ピアノ 小山実稚恵*
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
ブラームス:悲劇的序曲 作品81
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K. 467*
マーラー:交響曲第1番 ニ長調
文京シビックホール 大ホール


定刻が過ぎて客電が落ち、舞台の袖からスタッフが現れた。と思ったら、指揮者だった。平服なのでわからなかった。「指揮者が選ぶ1曲」というのがプログラム以外にあるそうで、ブラームスの悲劇的序曲。オーケストラアンサンブル金沢と録音して来週発売になるCD(ブラームスの2番)に収められているそうだ。

●ブラームス
13:28。透明感のある、清々しい演奏。先日のハーディング指揮では強すぎた金管が、弦とうまくブレンドして、とてもきれいな響きになっている。オーケストラのせいなのか、会場のせいなのか、しかとはわからない。こないだラジオで高関健指揮のブラームスをやっており、そこでもトロンボーンが主張しすぎるように感じた。

●モーツァルト
第1楽章(14:31)。出だし、CDで聴いていたどの演奏(内田&テイト、ルプー&セガール、バドゥラ=スコダ、ブレンデル&マリナー)よりもテンポが遅い。特に、 Va、Vc、Kbがやる(ン)ハハハハー(ウン)|(ン)トトトトー(ウン)のところにタメがある。いやな予感。ピアノの入り方の大切さというか難しさというか、そういうのを吉田秀和さんの文章で読んでいた。ジャズならテーマの後のピックアップ。今日の小山さんの入り方は音がきらきら輝いていた。だけれども、指揮者とソリストのテンポが合わない。短調にかわる前にミスタッチ(に聞こえた)があり、テンポが走りがちで、揺れる。最後のカデンツァは、ふくよかすぎる。

第2楽章(6:17)。これも、スィーっと流れていかない。私が大好きな70、71小節の半音階が効くところは、もう少し優しく弾いてほしかった。ここの部分がいいのは、手持ちの録音では内田光子。

第3楽章(6:54)。424小節目のフェルマータでのカデンツァは、まるでラフマニノフのコンチェルトを聴くかのようだ。理想的なモーツァルトの協奏曲のピアノは、アスリートでいえば重量級より痩せ型、マグロでいえばトロより赤身、酒でいえば醸造酒より蒸留酒、割り算して余りなし、きりりと縦の線の整っていること。でもまあ、ある意味で今日のは破格の演奏だった。モーツァルトの演奏は難しいものなんだなあ。K. 467しか知らないのに、ごめん。

グールドだったらこの曲をどんなふうに弾いただろうか、と考えた。答えのない質問。ピアノ協奏曲はバーンスタイン;ニューヨークフィルとのブラームス第1番がある。これは演奏よりバーンスタインのスピーチのほうが面白いのだけど(協奏曲にあっては、独奏者と指揮者、どちらがボスなのか?)。

●マーラー
第1楽章(15:48)。ホルンはスコア指定の7本に増強して8本。導入部、トランペットが聞こえるのに姿が見えない。舞台裏におり、やがて舞台に出てきた。第2主題の下でクラリネットがオーガニックに響く。いいぞいいぞ。第1&2主題をリピートする。うちにある8種の録音のうち、バルビローリ、ワルター、コンドラシンはリピートしない(なぜ?)。とても丁寧な演奏。展開部に入り、チューバの音が、遠くで雪崩が起きたような響きをする。ホルンが豊かに鳴って、352小節の突発(アドルノ)。続く全奏のシンバル。すばらしい。

第2楽章(7:26)。レントラー。繰り返し2度目のあとで、オーボエが上を向いて吹く。これは指揮者の指示なのだろうか(追記:楽譜にSchalltrichter in die Höhe = Acoustic horn upの指示があった)。ゲネラルパウゼの後のホルンがよい。トリオのウィンナ・ワルツは対向配置が効いている。再現部のホルン(ミュート付き)もよし。

第3楽章(10:55)。陰鬱な輪唱(輪奏)。ボヘミア楽士は軽みあり。さすらう若人の歌第4曲は悲しみの極み。今週聴いていたバーンスタイン&フィッシャー=ディースカウの録音はすばらしい。中間部の第1Vnが美しい。若い頃、子どもの頃への懐かしみ、苦みを歌う。

第4楽章。楽章間でお腹がグーっと鳴り、焦ってストップウォッチの操作をミス、曲の長さを計測できず。序奏から第1主題、オーケストラが本当によく鳴る。第2主題は、緩徐楽章のないこの曲の、いちばんロマンティックな箇所。Vaの三音の警句。650小節でホルン8人が立ち上がる。それまで仕事をしていなかったトランペットとトロンボーンも一緒に立ち上がる(計10人)。

今日の金;東フィルのマーラー交響曲第1番は、言葉の最良の意味で、模範的な演奏だったのではないかと思う。

2008/03/22(Sat)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団@テアトロ ジーリオ ショウワ

2008年3月20日(木・祝)15:00
パレルモ、パレルモ
演出:ピナ・バウシュ
美術:ペーター・パプスト
衣装:マリオン・スィートニー
共同制作:パレルモ黄金合唱団、アンドレシュ・ノイマン・インターナショナル

寒の戻った休日。開花の兆しを感じながら、家から車で北に向かう。多摩霊園につながる道の途中、新百合ケ丘駅そばにあるテアトロ ジーリオ ショウワ。こんな催しでもなければ訪れる機会のなさそうな会場である。

「高さ5メートル、幅14メートル、総重量7,840キログラムのコンクリートの壁が舞台全面に立ち、幕が上がると同時に崩れる」(朝日新聞夕刊2008年2月20日付)

読んで心の備えをしていたつもりでいたけれど、巨大な塊が崩れるさまに圧倒される。実際には、崩れるのではなく、向こう側に倒れる。初演の1989年(12月にパリで)は、ベルリンの壁が崩壊した年だ。

パレルモという町のことは知らなかった。プログラムの解説を読むと、そこはイタリアの南方シチリア島、ヨーロッパの辺境で、スペイン、フランス、アラブ、アフリカ、さまざまな文化が混淆してきた町だという。

ダンスなのだから、アートなのだから、ことさら色をつけても仕方なかろうと思う。思うのだけれども、アラブふうの音楽をバックにクィーアが自由の女神に扮してみせるのは9・11のことに違いない。ピアノ6台で演奏されるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は、背景の雲の映像にときおり白煙が混じり、初演の頃まだ生々しい記憶だったはずのチェルノブイリ原発事故(1986年)そのものである。

しばしば客席から笑いが起こる。ダンサーが台詞を日本語でいうと鼻で笑う人がいる。なぜ笑うのだろう。笑うところはほとんどなかったはずなのだが。

(このあと続く。たぶん)
Pina Bausch - Palermo, Palermo
http://www.pina-bausch.de/stuecke/Palermo.html
日本文化財団
http://www1.ocn.ne.jp/~ncc/pina08/program_a.html
Wiki パレルモ
http://ja.wikipedia.org/wiki/パレルモ

Palermo, Palermo


Coffee with Pina

2008/03/20(Thu)
ライヴ - その他の演芸 | trackback(0) | comment(0) |


森麻季リサイタル@川崎市麻生市民館

2008年3月14日(土)15:00
森麻季(ソプラノ)
山岸茂人(ピアノ)
日下部吉彦(トーク)
麻生市民館


暖かな土曜日。開花の兆しを感じながら、家から車で北に向かう。多摩霊園につながる道の途中、新百合ケ丘駅そばにある麻生市民館。こんな催しでもなければ知ることのない会場だった。

加藤周一の詩につけた「さくら横ちょう」の2種類のメロディは、中田喜直のいかにも人好きのしそうなのより、別宮貞雄のが私の気に入った。春に草木がざわざわと萌え出、瘴気がひとを狂わせるような。桜が咲き乱れ、根元に埋まった屍体を直覚させるような。不安はピアノの序奏からかきたてられ、暗い和音でもって曲がとじられるまで続いた。詩をあらためて読めば、それはなにも季節のまにまに開く異界への裂け目といったものでなく、盛る花をもうらむ失恋の苦みなのだった。

春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう
想出す 戀の昨日
君はもうここにゐないと

ああ いつも 花の女王
ほほえんだ夢のふるさと
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう

會ひ見るの時はなからう
「その後どう」「しばらくね」と
言ったってはぢまらないと
心得て花でも見よう
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう

4で明るく場面を転ずる巧みさ。妖気をはらんだ5。6「からたちの花」の艶やかで、抑揚も強弱もかんぺきに制御する歌唱。これら6曲の日本の歌に続き、ドビュッシーの小品。ピアノソロがすばらしい。半音進行にどうしたって後半のトリスタンの響きを先取りして聴きながら、フランス歌曲3曲へ流れ込む。トークの日下部さんが森さんのコメントを伝えるところによると、「日本の曲とフランスの曲は色彩が似ている」。その当否はよくわからなかったが、もしいずれフランスの曲をまとめて録音する機会があったら、グルック:不幸なイフィジェニーよ(カラスの歌がすばらしい)を入れてもらいたい。

休憩後、バーガンディの別珍に衣装替えをして、宗教曲を4曲。2001年9月11日の同時多発テロをワシントンD. C. で経験して以来、「平和」が自分の心の中で大きなテーマになっているという。フォーレ:ピエ・イエスでは両の手を握りあわせ、祈るようにする。ワーグナー:イゾルデ愛の死のピアノ編曲版は初めて聴く。なんとすばらしい。今日の山岸さんのでなくても、録音があるか探してみよう。後半最後、再び色直しして花柄の衣装で登場。ロッシーニの曲のコロラトゥーラにちょっと不安定な場面がある。あまり仕事をしすぎないように、ほどほどにして、これからもながく楽しませてもらいたい。今日はいい日だった。

(追記)
大切なことを書き忘れていた。後半のプログラムは、予定されていたオペラ、オペレッタのアリア、歌曲などに替え、宗教音楽を多めにして演奏された。おそらく歌手は、チベットでの出来事に胸を痛め、できることをしようと考えたのだろう。

1. 岡野貞一(高野辰之詩):朧月夜
2. 中田喜直(加藤周一詩):さくら横ちょう
3. 別宮貞雄(加藤周一詩):さくら横ちょう
4. 成田為三(林古渓詩):浜辺の歌
5. 山田耕筰(北原白秋詩):曼珠沙華
6. 山田耕筰(北原白秋詩):からたちの花
7. ドビュッシー:レントより遅く(ピアノソロ)
8. ショーソン:愛と海の詩 Op. 19より リラの花咲くころ
9. ショーソン:7つの歌より 蜂すずめ
10. デュバルク:フィデレ
~休憩~
11. モーツァルト:ハ短調ミサ曲より 聖霊によって処女マリアより御体を受け
12. モーツァルト:ハ短調ミサ曲より わたしたちは主をほめ
13. フォーレ:レクイエムより ピエ・イエス
14. フランク:天使の糧
15. ワーグナー(リスト編曲):イゾルデ愛の死(ピアノソロ)
16. ロッシーニ:セビリアの理髪師より 今の歌声は
~アンコール~
17. プッチーニ:ジャンニ・スキッキより 私のお父さん
18. 越谷達之助(石川啄木詩):初恋
19. 新井満:千の風になって

2008/03/15(Sat)
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