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前橋汀子@サントリーホール

2008年4月29日 午後2時 サントリーホール
前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol. 4
ピアノ イーゴリ・ウリヤシュ

昭和の日。母のお供で、ヴァイオリニスト前橋汀子さんのコンサートへ。デビューアルバムが出た頃(1982年)に「徹子の部屋」でみてファンになったそうで、LPとCDで数枚のディスクがうちにある。演奏会に行ったのは2度め。前回は彼女の70歳の誕生日前後だったはずだから、たしか2004年11月、浜離宮朝日ホール。

今回のコンサートは自主企画シリーズで、「お一人でも多くの方に、そして普段はクラシックのコンサートにあまりお出かけにならない方にもお気軽に足を運んでいただけるような」というのが狙いとのこと。チケットも3000円と手頃。選曲は特定の国・時代に偏らず、幅広く材をとりながら、音楽家としての原点であるロシアへの敬意を感じさせる。ピアニストをサンクトペテルブルクから呼び寄せ、自身の演奏にも(もちろん)手抜きなし。すばらしい。ヴァイオリンという楽器からよくもこのように多彩な音色が出せるものだな、と感心する。また、ひとつの楽器をこれだけうたわせるために費やされた練習時間を思うと、くらくらする。それに、技術だけでなく、人間としての深みがなければ。

昨年日比谷公会堂でショスタコーヴィチ交響曲サイクルが行われ、前橋さんは7月のプレイヴェントのパネリストのひとりだった。子どもの頃、同会場2階席の通路に座ってダヴィド・オイストラフをきき、ロシアで勉強したいと考えはじめたこと。昭和28(1953)年、来日中のヨゼフ・シゲティがプロコフィエフの訃報に接し、日比谷の演奏会のアンコールで急遽ヴァイオリン・ソナタ第2番のスケルツォをやったことなど、素敵なエピソードを披露していた。そんなことがあり、今日はご自身によるプロコーフィエフ(と去年前橋さんは発音した)の演奏がきけて、よかった。ほかには、イタリアンバロックの2、フランスの3(予習できいていたチョン・キョンファと弾き方がえらく違うので驚いた)、ロシアものの5、6がよかった。

自分が今クラシック音楽に喰らいついているのとは、また別のきき方をする音楽だけれど、たまにはいい。機会があったらまた出かけてみよう。


1. クライスラー:美しきロスマリン
2. ヴィターリ:シャコンヌ ト短調
3. フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
***
4. ベートーヴェン:ロマンス第2番 ヘ長調 作品50
5. ヴィエニアフスキ:モスクワの思い出 作品6
6. チャイコフスキー:メランコリックなセレナーデ 作品26
7. プロコフィエフ:「3つのオレンジへの恋」より行進曲(ハイフェッツ編)
8. ショパン:ノクターン 作品9-2(サラサーテ編)
9. ドヴォルザーク:わが母の教え給いし歌
10. ドヴォルザーク:スラブ舞曲 作品72-2(クライスラー編)
11. ブラームス:ハンガリー舞曲 第1番(ヨアヒム編)
12. ブラームス:ハンガリー舞曲 第5番(ヨアヒム編)
~アンコール~
13. アヴェ・マリア(シューベルト、ウィルヘルミ編)
14. クライスラー:愛の喜び
15. チャイコフスキー:「なつかしい土地の思い出」作品42よりメロディ
16.
17. サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン 作品20

●過去のエントリー
日比谷公会堂と野外音楽堂の未来を語る会@日比谷公会堂

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2008/04/29(Tue)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


インバル;都響 マーラー:交響曲第8番@東京文化会館

2008年4月28日
東京都交響楽団
エリアフ・インバル プリンシパル・コンダクター就任披露公演
第660回定期演奏会Aシリーズ
マーラー:交響曲第8番 変ホ長調 千人の交響曲
指揮 エリアフ・インバル
ソプラノ 澤畑恵美、大倉由紀枝、半田美和子
メゾソプラノ 竹本節子、手嶋眞佐子
テノール 福井敬
バリトン 河野克典
バス 成田眞
合唱 晋友会合唱団
児童合唱 NHK東京児童合唱団
東京文化会館

出て来、指揮台に上がったインバルは、譜面台から2本のバトンを手に取り、重さをたしかめるように代わる代わる小さく振った。長さ太さに目に見える違いはなかったから、何かの験かつぎだろうか。1本を選んで視線を上げ、それを振り下ろすと、弦とオルガンの低音、木管に導かれて、「あらわれたまえ、創造の主、聖霊よ!」のコーラス。続けてトランペット、トロンボーン、ティンパニが炸裂して、長い長い旅の始まり、始まり。

そんなふうに指揮者の挙動を観察できたのは、席が前のほうだったおかげ(1階7列4番)。音場的には難しい場所で、第1、第2ヴァイオリン群の正面。おまけにそれらが合唱団含む大編成に埋もれまじとハッスルするものだから、ほかのあらゆるものは弦のカーテンの合間からようやく漏れきこえるという仕儀だった。しかしどのような席であれ、この演奏会にいあわせた幸せが減るわけではない。

始まってすぐ、指揮者が曲を細部に至るまで把握し、確信をもってオーケストラを率いているのがわかった。たとえば練習番号24~25あたりのヴァイオリン(ピツィカート)への的確な指示の出し方。夏目漱石「夢十夜」*に登場する、仁王を彫る運慶のような(「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出す様なものだからけっして間違う筈はない」)。こういう指揮なら演奏者は安心してついていけるのだろうな。7月に第2番をききにいく悪名高い指揮者はどうだろう。

しっくりこないところもあった。217小節から始まる2度めの「Infirma, infirma」以降のテンポが速すぎる。楽譜の指定はNoch einmal so langsam als vorher (♪=♩) Nicht schleppend(再び、前と同様にとてもゆっくりと (ただし)引きずらないように)なので、ここはインバルならではの解釈だろうか。

曲を事前に勉強しているとき、手持ちの録音のうち、もっとも頻繁に参照したのはブーレーズ;シュターツカペレ・ベルリンのだった。スコアに忠実で、バイアスをかけない客観的な演奏。そのやり方がマーラーにふさわしいかどうかは別として、規模が大きくて長ったらしい曲を、私のような入門者が学ぶのに適していると思う。セッション録音で各声部のバランスがよいこともプラス。対照的に、たとえばバーンスタイン;ロンドン(去年出たSACD)のはテンポの揺れが激しく、縦の線が揃わないこともしばしばあり、スコアを見ながらきくと車酔いのような具合の悪いことになる。pの木管がきこえづらいところもある(1部の58~63)。こうしたことは、今回ちょっとした発見だった。

第2部219小節、法悦の教父「Ewiger Wonnebrand~」のソーソソソーラ♭ソーは、たった2つの音しかないメロディなのに、なんと美しいのだろう。この歌とオーケストレーションをきくと心身いっぱいに幸福感があふれる。今回のバリトンの人は、私の座席位置のせいもあってか、オーケストラに埋もれてしまい少し残念だった。独唱者でよかったのは、マリア崇拝の博士をうたったテノールの福井敬。サマリアの女をうたったメゾ・ソプラノの竹本節子。栄光の聖母を3階客席?でうたったソプラノ(半田美和子?)。

242小節、ヴァイオリンの2拍5連符。楽譜では5つの音すべてにアクセント記号がつき、さらに念入りにnicht eilen(急がないで)と指定がある。くだんの類型化とは矛盾するけれど、ブーレーズはここをやけにゆっくりやる。一方、バーンスタインは、アクセントの付け方が明確で、私にはいちばん楽譜に忠実にきこえる。さてインバルは、録音では拍子抜けするくらいあっさり通りすぎてしまう。急がないでというのに急いでいるようでもある。実演ではどうかしらと思いきいていたら、やはり、あっさりやってしまった。ここも疑問が残るといえば残るところ。

そういうディテールはあくまでディテール。総勢400内外の人間がひとつになってする演奏の迫力。それを統率する指揮者の集中力、推進力(isoliert postiert(離れた場所に配置された)と指定された3階席左右の金管群まで含む)。並大抵のものではない。これから何度このように気宇壮大な音楽をきけるか。


* ふと気づいて調べたら、マーラーが第8番を完成させたのが1907年。漱石が夢十夜を朝日新聞に連載したのは1908年。1年違いで生まれた同時代の作品だった。マーラーは1910年8月26日にフロイトに会っている。妻アルマのグロピウスとの浮気発覚直後。第8の初演は1910年9月12日。余裕があったらこのあたり、掘り下げて考えてみたい。

2008/04/28(Mon)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


松田美緒@近江楽堂

松田美緒(Vo)
鬼怒無月(Gt)
近江楽堂(東京オペラシティ)

カトリックの礼拝堂に擬した会場で、PAなしの生音コンサート。そこでうたわれたのはもちろん聖歌などではないわけだが、「礼拝堂で」というア・カペラの語源を連想させる、どこか宗教的な印象も残した。会場に着いたのがぎりぎりで、しばらく気分がざわざわしたままだったのが悔やまれるけれど、落ち着くにしたがい、歌が身体と心のすみずみにまでしんしんと沁み入ってきた。最前列、手を伸ばせば届きそうな距離で歌手を見上げる格好になったため、声がその出どころからたちまち天に上っていき、しばらくしてエコーが頭に降りかかってくるような、音響的にも不思議な体験をした。早めに会場に着いて良席を確保してくれた友人に感謝。

最後のほうのTravessiaでは背筋と両肩あたりにブワーっと鳥肌が立ち、感動という月並みな言葉でしかそのときの感覚をいいあらわすことができない。ひょっとしたら何年か前ブルーノート東京できいたミルトン・ナシメントその人の歌唱よりよかったのではないかしら。いや、どちらがよいかではなく、それぞれの解釈というべきだろうか。

あらためてセットリストを見ると、松田が今回のコンサートでやろうとしたことがよく理解できる。まず1で歌手としての立ち位置(musica lusofona Atlantica=ポルトガル語圏・大西洋の音楽)を再確認して、来し方を振りかえる試みだっただろう。キャリアの出発地であるポルトガル(2)からカボ・ヴェルデ(3、4)、ブラジル北東部(6)に到達した旅を回顧する。さらに新たな寄港地であるアフリカ(5、7、8)へ。7のあとのMCでは、戦国時代の日本に宣教師の奴隷として連れて来られ、織田信長に仕えたモザンビーク人(“歴史上初の外国人侍”の彌介)について話す。途方もない地理的な広がりをもつ物語に、歴史(時間)のパースペクティヴが加わる。

ギターソロで小休止した後、童謡のようなメロディをもつタケミツの曲(11)。12、「胎内できいた」という生地秋田の子守唄は、母親の優しく独特な声の響きがする。ポルトガル語の歌をうたうことと、日本語の歌をうたうこと。松田がそれらを等しく大切に考えていることは、こうした曲選びにはっきりとあらわれている。異国を旅すれば旅するほど、おのれのルーツを見つめなおさずにはおれないだろう。

15の即興は、meu caminhoと始まり、aguaと囁いて終わる(私の道は水)。100年前から遥か遠くブラジルに移民した人々への思いも込めて、「世界は海でつながっている」といおうとしたと思える。リスボンで出会ったという19. サイコーは、もともと日本のマグロ漁船がカボ・ヴェルデに寄港していたことから生まれた曲との由。やはり世界は海でつながっている。「サイコー」は「さあ(次に)行こう!」との掛け声で、回顧を終えて未来を見つめる歌手の、毅然としていながらしなやかな決意表明であったかもしれない。

(上のようなわけだから、伴奏者がどこの国のと色のつかない、ニュートラルなプレイをする鬼怒無月だったことに納得。すばらしい演奏だった。)



●セットリスト(配布されたものに適当に加筆)
1. Atlantica アトランティカ (Mio Matsuda, Agenor de Oliveira) - オリジナル
2. Marujo portugues ポルトガルの水兵 (Linhares Barbosa, Artur Ribeiro) - ポルトガル
3. Lua nha testemunha 月は見ている (B. Leza) - カボ・ヴェルデ
4. Lua 月 (Calu Princezio) - カボ・ヴェルデ
5. Ngana ガーナ (Waldemar Bastos) - アンゴラ
6. Paraiba パライーバ (Humberto Teixeira, Luiz Gonzaga) - ブラジル
7. Naufragio 難船 (Alain Oulman, Cecilia Meireles) - ポルトガル
8. Por-do-sol 夕陽 (Mingas) - モザンビーク
9. 女の言い分(?) - モザンビーク(?)
10. ギターソロ Stone flower (Antonio Carlos Jobim) - ブラジル
11. 小さな空 (武満徹) - 日本
12. ねんにゃこころちゃこ (秋田の子守唄) - 日本
13. Las golongrinas つばめたち (Eduardo Falu) - アルゼンチン
14. Romaria 巡礼 (Renato Teixeira) - ブラジル
15. Inspiracao 即興
16. Travessia トラヴェシア (Milton Nascimento, Fernando Brant) - ブラジル
17. Trenzinho do caipira 田舎の列車 (Heitor Villa-Lobos, Dora Vasconcellos) - ブラジル
~アンコール~
18. Se todos fossem iquais a voce もしすべてがあなたのようだったら (Vinicius de Moraes, Antonio Carlos Jobim) - ブラジル
19. Saiko サイコー (Gregorio Goncalves) letras em japones: Mio Matsuda - カボ・ヴェルデ

2008/04/25(Fri)
ライヴ - ブラジル&周辺 | trackback(0) | comment(0) |


浅草演芸ホール4月上席後半昼の部

前座、笑福亭羽光の「動物園」。口火の切り方、話の運び、しぐさ。大したものだと思う。落語家になって9カ月というのだが、筋の良さに才能を感じる(才能というのは好きな言葉ではないが)。

あと、続く。

笑福亭羽光・・・・・・動物園
橘ノ美香・・・・・・・子ぼめ
笑福亭里光・・・・・・犬の目
鏡味八千代・初音・・・太神楽曲芸
昔昔亭健太郎・・・・・やかん
橘ノ昇美依・・・・・・宮戸川上(お花・半七なれそめ)
D51・・・・・・・・・コント
春風亭柳桜・・・・・・居酒屋
三笑亭夢太朗・・・・・仁王様
ぴろき・・・・・・・・ギタレレ漫談
三遊亭春馬・・・・・・猫の皿
三笑亭可楽・・・・・・漫談
松乃家扇鶴・・・・・・音曲
三笑亭笑三・・・・・・交通安全
桂幸丸・・・・・・・・漫談(昭和の時代)
Wモアモア・・・・・・漫才
春雨や雷蔵・・・・・・たらちね
三遊亭圓輔・・・・・・人形買い
ボンボンブラザーズ・・曲芸
笑福亭鶴光・・・・・・紀州

2008/04/06(Sun)
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