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チョン・ミョンフン;東京フィルハーモニー交響楽団@Bunkamuraオーチャードホール

2008年11月30日(日)15:00
東京フィルハーモニー交響楽団
第762回オーチャード定期演奏会
指揮:チョン・ミョンフン
ソプラノ:森 麻季
アルト:小川 明子
テノール:望月 哲也
バス:成田 眞
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
Bunkamuraオーチャードホール

●モーツァルト:証聖者の荘厳な晩課 K.339
午前中、オペラシティでの演奏会を終え、下の本屋でグノーシスの入門書(筒井堅司著)を購入。アドルノのマーラー本で、「アドルノはマーラーにおける宗教性を、基本的にユダヤ的神秘主義のグノーシス的立場と捉えている」という注釈を読み。グノーシス本の索引にモーツァルトの名を見つけ、道玄坂ヤマハで今日演奏される曲の楽譜を買う。

今日のモーツァルト演奏はあまり期待していなかったので、意外な発見でよかった。森のソプラノ、V. Laudate Dominumがすばらしかった。声量不足をチョンの指揮はうまく補っていたのではないかと思う。30分程度の曲の中で、最後の第6曲に音量のピークを持っていく。この指揮者はやはりただものでない。タクトを持たない人なのだっけ?と不思議に思ったが、合唱を軸に音楽をつくっていくならば、納得。

●マーラー:交響曲第4番
東フィルのマーラーは今年、ハーディング(6)金(2)小林(5)に続き4曲め。今回のチョンの指揮はことのほかすばらしい。それだけに、オーケストラの限界も感じる。ヴァオリン群、金管。

第1楽章、入りのあの3小節は何事もなく。吉田さんの感じたようなクリスマスの感じはない。やがて、音楽は崩れていく。その崩れ方が正しい。崩れ方が正しいとは変な物言いだが、これはそういう音楽。練習番号18手前のフェルマータでの、無重力状態。録音ではきけなかった瞬間。

そもそもマーラーの第4番は、きいて「ああ、よかったなあ」と感じるような曲ではない。チョンの指揮でオーケストラが機能していたのを確認し、感動するより納得した。来年2月の定期、2009/2010のブラームスを楽しみに。

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2008/11/30(Sun)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


ル・ジュルナル・ド・ショパン

2008年11月30日(日)10:30
ル・ジュルナル・ド・ショパン
4つのマズルカ Op. 41(児玉 桃)
即興曲第2番 嬰へ長調 Op. 36(児玉 桃)
スケルツォ第3番 嬰ハ短調 Op. 39(児玉 桃)
ノクターン ト短調 Op. 37-1(ケフェレック)
ノクターン ト長調 Op. 37-2(ヌーブルジェ)
3つの新しい練習曲(エル=バシャ)
ソナタ第2番 変ロ短調「葬送」Op. 35(バル=シャイ)
東京オペラシティコンサートホール

ショパンのピアノ曲を年代順に演奏するという企画。10月18日11月2日にきいた児玉桃のメシアン演奏会と、会場で買ったショパン録音が実にすばらしく、今日の演奏会の切符を取った。登場した5人のピアニストの中で、彼女の演奏が抜きん出ていた。

今日の「4つのマズルカ」をルービンシュタインの古い録音で予習するうち、作品41嬰ハ短調の冒頭、わずか数小節の旋律に取り憑かれてしまった。長調とも短調ともつかないシングルトーンのそれ。今日の演奏会で児玉は、最初にその嬰ハ長調のメロディをやらず、2曲めのホ短調のから始めた。なぜと思ってあとで調べたら、ショパン自筆譜では、ホ短調/ロ長調/変イ長調/嬰ハ長調の順番なのだそうで。

この裏切り(不勉強)はショックだったが、即興曲第2番、スケルツォ第3番をきくに及んで和らいだ。

この人が録音でやるスケルツォ第3番の最初の強打(6~7小節)が弱い。今日はそこを実演で確かめにいったようなもので、実際やはり弱かった。スコアにはたしかに「f」とある。「p」で弾くのは何か理由があるのだろうか。

その他のピアニスト、ケフェレックは演歌に通じそうな湿り気たっぷりの夜想曲。ヌーブルジェはまだまだこれからの若い人。エル=バシャは風格は立派、しかし「新しい練習曲3曲」だけでは良し悪しの判断つかず。バル=シャイは椅子が高すぎ。坂本龍一が「ルーンビンシュタインはピアノを弾く姿勢がよすぎて(鍵盤に体重がかかりすぎて)音が濁る」といっていたのを読んだ(何かの孫引き)。なるほど、そういうことはあるかもしらん。

2008/11/30(Sun)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


ファジル・サイ@タワーレコード渋谷店

2008年11月23日(日)15:00
ファジル・サイ(p)
タワーレコード渋谷店
サイ:3つのバラードから2曲
ベートーヴェン:ピアノソナタ 第17番第3楽章
サマータイム・ファンタジー
トルコ行進曲ジャズ



http://www.youtube.com/watch?v=7qq3e7HyoPk

最初のほうを聞き逃してしまった。サイ自身の曲は、ポピュラー音楽ふう、民族色の強いわかりやすい曲。サマータイム~やトルコ行進曲~で“ジャズ風”なことをやっても、決してジャズにはきこえない。奇才天才といったって、普通の青年(またはオッサン)。12月6日の演奏会が楽しみ。

2008/11/23(Sun)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


ウェルカム・トゥ・サンパウロ

2008年11月23日(日)12:25
東京フィルメックス
ウェルカム・トゥ・サンパウロ(Bem-Vindo A Sao Paulo)
有楽町朝日ホール

ブラジルという名前は木から取られた。赤い染料ができる。ヨーロッパで重宝がられ、伐採されて輸出された。今では当時の7%しか残っていない絶滅危惧種だ。カエターノ・ヴェローゾのそんな朗読で始まる、17の短篇を集めたオムニバス映画。

日系三世のオオヤマさんに岡田茉莉子がインタビューする吉田喜重監督の作品。オオヤマさんのおじいさんとおばあさんは日本から出た「3番めの船」に乗った。3世代で100年。「ブラジル人が日系人を受け入れたのですか、それとも日系人がブラジルに融け込んだのですか」という質問に、オオヤマさんはすかさず「日系人が融け込んだのです」と答えた。

ジャカランダ~パウ・ブラジル。カエターノが慈しむように発する言葉の独特の響き、アクセント。ポルトガル語でもないようだと、ここで中原仁さんのブログをみたら、「先住民族の言語、トゥピ語のさまざまな名詞を読み上げる。かつてのトロピカリアに影響を与えたコンクリート・ポエムの手法」とのこと。呪文のような催眠効果。ときどき眠りこける。
http://blog.livedoor.jp/artenia/archives/51534655.html

ツァイ・ミンリャンの撮った巨大なアパートメントの人間模様。○○の撮ったヴィヴィッドな色使いのHoliday Inn。ゲストスピーカーのひとり、ダニエラ・トマスが監督した作品はタルコフスキーの惑星ソラリス。最後のウォルフガング・ベッカー監督「Bem-Vindo A Sao Paulo」は、Google Earthかイームズのパワーズ・オブ・テンか。地球の絵から、南米大陸~ブラジル~サンパウロ~町のレコードショップをクローズアップ。カエターノのMuitoのLPがみつかり、ターンテーブルに乗っかり「サンパ」がかかる。来月のジョアン、これまでの来日公演ではカエターノの曲をまだ一度もやってないのではなかったか。今度こそ?

その他、併映
河の上の幸福 Cry Me a River
監督:ジャ・ジャンクー(JIA Zhang-ke)

可視から不可視へ From Visible to Invisible
監督:マノエル・デ・オリヴェイラ(Manoel de OLIVEIRA)

2008/11/23(Sun)
映画 | trackback(0) | comment(0) |


Booker T. & the M.G.'s@ブルーノート東京

2008年11月21日(金)21:30
Booker T. & the M.G.'s
ブッカー・T.・ジョーンズ(Key)
スティーヴ・クロッパー(Gt)
ドナルド・“ダック”・ダン(B)
スティーヴ・ポッツ(Ds)
ゲスト 忌野清志郎

出だしのギターが意外に歪んでいる。全編通じてギターの音量がデカい。フェンダーのアンプが正面にあるから? それだけではあるまい。ブッカー・T.~の名義で初来日、その名を冠していても、バンドの主はスティーヴ・クロッパー。

「すべて上等な酒はその土地のもの」と言ったのは吉田健一(バカ首相の叔父)、好きな言葉。このバンドをその土地メンフィスできけたら、どんなにすばらしいだろう。メンフィスには行ったことないし、メンバーがまだそこに住んでいるのか知らないけれど。

音楽は不思議なもの。刻一刻と前、未来へ進みながら、過去のいろんなことを思い出させる。畏友がモンゴ・サンタマリアのGreen Onionsをテープに入れてくれたこと、映画「過去のない男」でコンテナハウスに住む主人公がジュークボックスでデルタブルースをかけていたこと、代々木上原のマンションで「ロックンロール研究所」と表札のかかった一室が清志郎の事務所であるときいたときのこと。

ニューヨークのDownstairs Recordsで買った2枚の7インチ盤のうちの1枚、Sugarcane(The M.G.'s名義)をきければ、なおよかった。

この音楽はギミックがない。無駄な音がない。だから、いつまでも時代をこえて鳴りつづけるのだろうなあ。

久しぶりのブルーノート。入場整理券を午後3時から配るというバカバカしいシステムが廃止され、まことにけっこう。


2008/11/21(Fri)
ライヴ - その他の音楽 | trackback(0) | comment(0) |


マリア・ヒタ@中野サンプラザ

2008年11月10日(月)19:00
Maria Rita (vo)
Jota Moraes (piano)
Sylvinho Mazzucca (b)
Tuca Alves (g)
Marcio Almeida (cavaguinho, bandlin)
Camilo Mariano (dr)
Andre Campos (per)
Marcelo Moreira (per)


この人どうしちゃったんだろうと思っていたのだ、3枚めのアルバムが出て。

1枚め、2枚めのアルバム(+DVD)では、食事はオーガニック、体動かすならヨガ、着る服は天然素材の布たっぷり。そんな印象だったのが、子供を産んだとも伝えられた後で、スパンコールびっしりのミニワンピースで太股もあらわに、サンバをうたって踊る踊る。あの1枚めの頃の、ステージにラグを敷き、ゆらゆら体を揺らしながら裸足でうたっていた、知的でナチュラルな人はどこへ?

これがブラジル音楽の伝統なのかとも、少しだけ疑っていたのだ。伝統については実はあまり知らないが、ガル・コスタ「Gal Tropical」のジャケ裏、超ミニスカ姿をみて以降、薹が立ってから膝上丈がグンと短くなるのもありなのかと。

でも、やっぱりこの人は頭がいい(ガル・コスタが頭が悪いという意味ではない)。

プログラムで、
「私は“サンビスタ(サンバ人間)”と称されるのがゴールではないので、全体的にバランスの取れた伝統的サンバアルバムにしました」

サンバをやったのはあくまで「プロジェクト」なのだそうで。1、2枚めとはまったく違う歌声も、あのミニスカも、意図してのもの。つまり演出。

ステージをみていると、自然に目が腰とその下方に釘付けになってしまう。まんまと引っかかっている。

うた、仕草、パフォーマンス、MC、オーディエンスの煽り方、どれをとっても引き込まれるような説得力がある。1枚めに入っていたMiltonの10で泣きそうになった。今日のステージは、振り返ってみれば、1~3枚めのアルバムすべてがバランスよく選曲されていた。過去の曲も微妙に異なる編曲が施されていて、きいていて飽きない。お母さんがどうだったのか知らない。けれども、この人は相当なエンターテイナーであるなあ。

プラッサオンゼに行くとみかける人が、座った席の周りにたくさんいた。お店の人も評論家の人もレーベルの人も。場所は中野なのに青山で音楽をきいているような感じがした。

1. Samba Meu *** ~ O Homem Falou ***
2. Tá Perdoado ***
3. Maria do Socorro ***
4. Trajetória ***
5. O Que É o Amor ***
6.
7. Recado **
8. Muito Pouco **
9. Pagu *
10. Encontros e Despedidas *
11. Caminho das Águas **
12. A Festa *
13. Cara Valente *
14. Corpitcho ***
15. Casa de Noca ***
16. Num Corpo Só ***
17. Novo Amor ***
18.
~アンコール~
19.
20. O Homem Falou ***

アルバム
* Maria Rita
** Segundo
*** Samba Meu

2008/11/10(Mon)
ライヴ - ブラジル&周辺 | trackback(0) | comment(0) |


世紀末ウィーンとシェーンベルク@東京文化会館

2008年11月8日(土)18:00
東京文化会館 舞台芸術創造プログラム
世紀末ウィーンとシェーンベルク
東京文化会館小ホール

イントロダクション
“世紀末ウィーンとシェーンベルク”の世界
ナビゲーター:大友直人(東京文化会館音楽監督)
3D立体映像制作:NHKアート

シェーンベルク:浄夜 作品4
ヴァイオリン:矢部達哉、双紙正哉
ヴィオラ:鈴木学、篠崎友美
チェロ:山本裕康、宮田大

シェーンベルク:月に憑かれたピエロ 作品21
指揮:村上寿昭
ソプラノ:幸田浩子
ピアノ:相沢吏江子
ヴァイオリン、ヴィオラ:鈴木学
チェロ:山本裕康
フルート、ピッコロ:小池郁江
クラリネット、バスクラリネット:伊藤圭

~アンコール~
月に憑かれたピエロ 第12曲「絞首台の歌」を2度


先週末のメシアン:鳥のカタログは、やや消化不良で胃にもたれた感もあり、この1週間、口直しではないが米Dover社のスコアをながめながらシェーンベルクを予習。今日の演目「浄夜」と「ピエロ」を1冊に収めたこの本はすばらしい。発想記号と脚注の用語集、歌詞と対訳(独英)つき。表紙は自画像のカラー刷り。それで価格は16.95ドル(Amazon.co.jpで2000円弱)。日本の楽譜出版社も、版権の問題とかもろもろあるだろうが、このくらいきちんと「編集」されたものを出してもらいたい。

■浄夜
都響コンサートマスター矢部のヴァイオリンは信じられないくらい美しい音がする。スコアでは頻繁に「G線で弾け」と指示がある。「ブラームスの辞書」にある、「ヴァイオリンのG線には神が宿る」という言葉が面白い。シェーンベルクがG線を意図していたのはなぜか。なるほど。

ブラームスの辞書
http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/08/post_aeb4.html
http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2006/08/post_28cb.html

第2ヴァイオリンの双紙、対向のヴィオラの鈴木も大した活躍ぶり。やはり実演できくと録音では見つからなかった発見をする。総奏の際の倍音の鳴りは、煮詰めた飴の色。だけれども残念ながら、全体としてやや安全運転ぎみで、音量不足が否めなかった。四番打者ばかりを集めても試合に勝てるとは限らない。

■ピエロ
名演だったのではないだろうか。歌手も、器楽奏者たちも。第1曲から幸田の声は秀でていて、パキッと張りつめたテンションのなかで際立った存在感を示していた。朝、家でたまにかかっている笑福亭笑瓶とのラジオ番組では、語る声も美しい。話す声とうたう声の表情が異なり、それぞれが美しいというのは他に例を知らない。陽性な気質がグロテスクなこの作品とマッチしていたかどうかは難しいところではあるが。ビョークがうたったライヴ録音(海賊盤)があるそうで、機会があればきいてみたい。アネット・ピーコックあたりがうたったら、どんなだろう。ピアノの相沢は立派な演奏(第14曲)。スクリャービンとショスタコーヴィチのプレリュードの録音をロビーで売っていた。買おうかと財布を開いたら2000円しか入っていなかった。

■イントロ
冒頭、15分くらいの尺の映像。大友直人が案内する世紀末ウィーンとシェーンベルクの音楽、といった趣向。ブラームスのクラリネット五重奏曲、マーラー第2番のアンダンテ・モデラートが流れて、おお、と思ったものの、中身は。。。オールシェーンベルクをききにくるような観客は、その時代のウィーンがどんな街だったか、シェーンベルクがどんな仕事をした人なのか先刻知っている。それより過去、同時代、未来につながる楽統を掘り下げたり、美術、文学との共時性などに触れたりしてもよかった。「立ち止まることをしなかった作曲家」というだけでは、あまりに話を丸めすぎというか、じれったいというか。

同じ映像を2度つづけて流した進行・演出も興醒め。偏光メガネが観客全員に行き渡らないからというのが理由で、持っていない客に回してくれとアナウンスがあった。そんなもの、はなから全員分用意しておくのが筋。CG&3D画像は良くも悪くもNHK的、お金とリソースの使い方を勘違いしているような。これしきの映像制作に時間とお金を費やすくらいなら、ソプラノ入りの弦楽四重奏曲第2番を演目に加えたほうが、演奏会としての幅と深みが出た。

Arnord Schoenberg Center

Arnold Sch�nberg in Vienna before 1900


2008年4月28日
インバル;都響 マーラー:交響曲第8番@東京文化会館

2008/11/10(Mon)
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児玉桃 メシアン:鳥のカタログ@フィリアホール

2008年11月2日(日)14:00
児玉桃 メシアン・プロジェクト2008 第4回
オリヴィエ・メシアン:鳥のカタログ
ピアノ:児玉桃
映像演出:田村吾郎
画:中本千晴
フィリアホール

3連休。ジョアンの来日公演が延期・中止になり、急遽今日の演奏会の切符をとった。その玉突きで、知人の漫画家さん2人の個展を泣く泣くパスすることに。不義理をした。

席(1階4列目左寄り)は2週間前の「まなざし」とほぼ同じ。両手のタッチとペダル操作をうかがえる、ピアノ独奏をきくには願ってもないところ。「鳥のカタログ」は、自然の中で鳥の鳴き声を選択的にきき、採譜し、音楽作品に仕上げたという、実演奏時間およそ2時間半に及ぶ全13曲。調性を感じさせるのは全体のうちごくわずか。抽象的で長い。

ステージのバックに垂らした布に、作曲者自身によるプログラムノート(抜粋)、タイトルの鳥の絵が投射される。絵とクロスフェードするようにして演奏がはじまる。演奏者が女性だからか、いっそう、巫女という言葉を思い浮かべる。第4曲を終えて、すっと“抜ける”感じに、特に。

第7曲で気がついた。”クラシック音楽”のステージでは珍しく、照明をいじる演出あり。明るくしたり、暗くしたり。30分に及ぶ曲、深夜からはじまり、朝~昼~夕~夜。13曲中、真ん中にある太い柱のようだ。

家の屋上にいると、鳥の声がする。たまに印象的な歌声があると、ギターでなぞってみたりする。今日の演奏のようには、もちろん、ならないが。

今日会場で買った児玉のショパンのCDがすばらしかった。スケルツォ第3番。今月30日に初台でそれを演奏するそうで、切符をとった。楽しみ。




2008/11/02(Sun)
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