スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/--(--)
スポンサー広告 |


ハイティンク;シカゴ響@横浜みなとみらいホール

photo-8.jpg

2009年1月31日(土)18:00
指揮 ベルナルト・ハイティンク
シカゴ交響楽団
横浜みなとみらいホール 大ホール(2階LF3列6番)

モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K. 551「ジュピター」
R. シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」作品40(47'42")


魔法の指揮。背筋を伸ばし、片方の足に体重をかけたり、無駄な動きをしない。「私がいつも心がけているのは、音楽が実際に流れていき、楽員が音楽の意味を感じるということです」(『指揮棒は魔法の杖?』)

指揮棒で汲み上げられる音は瑞々しく、濁りなく、すべての音が分離してきこえる。不思議な。スコアには強弱記号がせいぜいp、f、fpくらいしか書かれていないのに、音楽は無段階の階調を自由に行き来する。耳がよくなったのだろうか。今年の初詣で「もっと耳をよくしてください」と祈っておいたからかな。

それはもちろん誤解で、楽員たちが互いの音をよくきいているのだろう。第4楽章172小節、「タッタター」とティンパニ。自分が前に出る場所と、アンサンブルに徹する場所をよくわきまえている。このティンパニだけでなく、今日の楽員たちはみな。それが、今日のモーツァルト。

シュトラウス。1、足の裏にビリビリ響く低音。2、敵の攻勢の後に決然と立つ英雄。3、「伴侶」のソロ、molto appassionatoのたとえようのない美しさ。そのすぐ後の、ハイティンクの身震いするようなしぐさ。ホルンが遠くから少なく音で成就した恋を祝福するよう。

4のバンダのトランペット3本。舞台裏でどうやって指揮と合わすのだろう。血が逆流するようなアンサンブル。6、マーラーのアダージョに似たvnの旋律が、ホルンと交歓しながら曲の終わりを予告するところ。終わってほしくないと思う。

最後に金管が入る。4月のルイジ;ドレスデンの終わり方はオリジナルだろうけれど、全体の印象はどんなだろう。

スポンサーサイト

2009/01/31(Sat)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


HKグルーバー;都響、山田晃子@サントリーホール

2009年1月27日(火)19:00
東京都交響楽団 第675回定期演奏会Bシリーズ
指揮 HKグルーバー
ヴァイオリン 山田晃子
コンサートマスター 山本友重
サントリーホール(2階P4列24番)

日本管弦楽の名曲とその源流(8)プロデュース:別宮貞雄
プレトーク(18:35~18:50)片山杜秀
ケージ:バレエ音楽「四季」
一柳慧:ヴァイオリン協奏曲「循環する風景」
~休憩~
一柳慧:交響曲第2番「アンダーカレント」
コリリアーノ:ファンタスマゴリア(歌劇「ヴェルサイユの幽霊」による)日本初演


ケージの四季。1~2音、多くて4~5音の息の短い断片的な旋律が現れては消える。どうという音楽的な展開もないのだが、きいていると、ああ、あれは鳥の声、水のせせらぎと、たしかに冬から春、夏、秋と、季節が移ろう感じはする。色彩感は希薄で、墨絵かせいぜい2Bの鉛筆の濃淡。言葉をぎりぎり切り詰めた俳句のような趣もあり、日本人が書いた曲といわれても、知らなければ疑わないだろう。録音では感じなかったことだ。

一柳のヴァイオリン・コンチェルト。プログラムノートには、「独奏楽器の妙技を競う従来の協奏曲とは異なり、『ヴァイオリン独奏つきの交響曲のような性格』(一柳)をもっている」とある。どうだろう、その意味でいえば、先週きいた矢代のピアノ・コンチェルトのほうが突き詰めた仕事という気がする。山田のヴァイオリンはエロい感じがした。とくに最終楽章の始めのところ。演奏とは関係ないが、メガネは減点だった(メガネが悪いのではなく、掛けているのを恥ずかしがっているところ)。

響きはぐじゃぐじゃだけれど、今日はP席に座って正解。コンチェルトが終わり、1階後方の客席にいた一柳慧が登壇。プレトークで仄めかされていたものの、客席から来るとは思わなかった。休憩後の交響曲は、「自作の実演をきく作曲家を眺めながらの演奏会」というわけで、こんな珍しい機会はなかなかお目にかかれなさそう。また、指揮者の仕事ぶりを丹念に観察できたのもP席ならでは。手を振り下ろした先で音が出なかったり(いわゆる振り間違いだ)。まあ、難しい曲ばかりだしなあ。

一柳の交響曲は、中間部、実に格好いい響きがした。最後のコリリアーノ、フィガロの結婚、セビリヤの理髪師、トリスタン(これは正直なところ、引用部分がわからない)などがちりばめられた曲。こうなると、ルチアーノ・ベリオの実演もきいてみたいものだなあ。

プレトークの片山氏。話の最後にたたみかけるように、プロデュースの別宮氏といえばフランス、コリリアーノの曲もヴェルサイユが題材、一柳はケージの弟子といっても最初の作曲の先生は池内友次郎、ピアノの先生は原智恵子、いずれもフランスで学んだ人。したがって「今日の演奏会の裏テーマはフランス」と指摘したあたりが、紙幅の限られた原稿をこなす人らしいオチかと思った。

ジョン・ケージと一柳慧。昨夏の清里旅行を思い出すこともでき、いい演奏会だった。

清里現代美術館
http://www.geocities.jp/paganrail/kiyosato/kiyosato.html

2009/01/27(Tue)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


新交響楽団 第204回演奏会(芥川也寸志 没後20年)@東京芸術劇場

2009年1月25日(日)14:00
新交響楽団 第204回演奏会
芥川也寸志 没後20年
指揮 小松一彦
チェロ独奏 向山佳絵子
東京芸術劇場

芥川也寸志:絃楽のための三楽章 - トリプティーク
芥川也寸志:チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート
ショスタコーヴィチ:交響曲第4番


芥川作品は入門したてで、2曲ともとても新鮮でよかった。32ページだてのプログラムに注ぎ込まれた、作曲家への思いの濃さ。これらを頼りに、作品世界にもう少し深く分け入ってみたい。4月7日は下野;読響のエローラ交響曲。

ショスタコーヴィチ:第4番。長い長い旅と感じたのは一昨年の井上さんと同様。フィナーレは、長旅の余韻を噛みしめるかように、指揮者が棒を下ろさず、そのあいだ観客も拍手をこらえた。「難曲ばかりだったのでアンコールはありません」という指揮者の話、大仕事を終えて舞台から引き上げる楽団員たちの誇らしげな様子をみて、目頭が熱くなった。

2009/01/25(Sun)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


梅田俊明;都響、野原みどり@東京文化会館

2009年1月22日(木)19:00
東京都交響楽団 第674回定期演奏会Aシリーズ
指揮 梅田俊明
ピアノ 野原みどり
東京文化会館大ホール(4階L2列26番)

日本管弦楽の名曲とその源流(7)プロデュース:別宮貞雄
プレトーク(18:35~18:50)片山杜秀
ダニエル=ルシュール:舞踊交響曲
矢代秋雄:ピアノ協奏曲
別宮貞雄:交響曲第4番「夏 1945年(日本の挫折と復興)」


会場のサントリーホールに着いて切符を出すと、「お客様……」と係の女性。
「このチケットは、上野の、です」
「上野?」
券面をみると、たしかに「東京文化会館」。踵を返して走り出した私を、彼女の「よかったですね~」という声が追いかけてきた。ありえない凡ミス。開演まで、あと27分。



矢代:ピアノ協奏曲。野原みどりのピアノの音色はとてもふくよかでやわらかだった。録音できく岡田博美のピアノは、張りつめたピアノ線かギターのヘッド部をはじくような音がした。音数を切り詰めた、秒針の刻みにも似たストイックな曲だから、冷たくて硬質な音が合うのだと思っていた。

野原の演奏は一昨年、日比谷公会堂で、ショスタコーヴィチの短いのをきいたはずだが(チェロのソル・ガベッタと共演)、どんな音色だったか思い出せない。しかし、今日やわらかくきこえたのは会場の残響のせいかもしれないし、実演と電気処理された録音とを比べても仕方ない。

ピアノの音が波紋となって弦群に広がっていき、金管が応える。第1楽章冒頭をきいて、C&R(コール・アンド・レスポンス)とメモをした。フルート、オーボエ、金管とピアノの応答もある。管弦楽が総奏でソリストの伴奏をする「協奏曲」とはずいぶん趣が違う。

2009/01/22(Thu)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


ヴァレンティーナ・リシッツァ@トッパンホール

1057085472_244.jpg

2009年1月19日(月)19:00
ヴァレンティーナ・リシッツァ ピアノ・リサイタル
トッパンホール(A列4番)

ラフマニノフ:練習曲「音の絵」イ長調 作品39-6
ラフマニノフ:前奏曲 ト長調 作品32-5
ラフマニノフ:前奏曲 嬰ト短調 作品32-12
ラフマニノフ:前奏曲 ロ短調 作品32-10
ラフマニノフ:前奏曲 ト短調 作品23-5
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調「熱情」作品57
シューマン:子供の情景 作品15
タールベルク:ロッシーニの「セビリャの理髪師」の主題による大幻想曲 作品63
リスト:死の舞踏 オリジナル・ピアノ・ソロ版
~アンコール~
リスト:愛の夢
リスト:ラ・カンパネラ
ベートーヴェン:エリーゼのために
ショパン:子犬のワルツ


ディエス・イレ(怒りの日)の旋律を低弦部に打ちこんでハンマーでぐいぐい叩き根っこまで埋めたのを確かめるようにするとやおら両腕を振り上げ肩から下の計34個の関節が暴れに暴れて右へ左へ上へ下へと常軌を逸した速度でやる死の舞踏は「エクソシスト」の憑かれた少女の痙攣くらいしか比べるものがなくあの右手の無茶苦茶なグリッサンドは一体鍵盤上を何往復したのだろうかと思うとフーガに転ずる知的な展開もありながらまたもや新たに猟奇的な力が満身にみなぎるようで何だあれは羽を休めていただけなのかと訝しんでいる暇もなく弾くというより叩く打つ殴ると形容するほうが説明になっていそうなやり方で楽器が壊れてしまわないかまじめに心配になるしどこまでが記譜されどこまでが即興かなんて勘ぐりも詮無い気がしてすぐに打ち消し自傷癖のある人にもういいからお願いだからそれくらいでやめてーと叫びだしたくもなりそうでもありしかし結局リストの曲という乗り物を借りてぶっ飛ばせるだけぶっ飛ばしたかったんだろうなあというのが感想らしい感想といってしまえば情けないが世が世で国が国ならあれは魔女だと指差されたに違いないしみていたほうだって焼かれずには済まないような演奏だったからヒラリー・ハーンと一緒の時のようにまたききたいかというとまあ何ともいえん。

Liszt Totentanz Valentina Lisitsa

2009/01/19(Mon)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


デイヴィッド・ジンマン;N響@NHKホール

1055167562_50.jpg

2009年1月17日(土)15:00
NHK交響楽団 第1638回 定期公演
Cプログラム 2日目
指揮 デイヴィッド・ジンマン
コンサートマスター 堀正文
NHKホール(2階R10列7番)

ヴェーベルン:管弦楽のためのパッサカリア 作品1(10'47")
マーラー:交響曲第10番から「アダージョ」(26'17")
R. シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」作品30(34'39")


ヴェーベルンのパッサカリア。CDではカラヤン;ベルリンフィルのギラギラした厚化粧のをきいていた。今日のは、激しいはずの第6変奏が比較的弱く奏でられ、ああそういうふうにやるのか、と思う。さらに管弦楽がゆらゆらゆらゆらと目くるめくような響きをしたので、ブラームス第4番第4楽章よりも、同じカラヤンの去年出たディスク(1988年最後の来日の録音、ブラームス1)を思い出した。あれは奇跡的にすごい。

この曲の指揮ぶりで、ジンマンという人のスタンスがわかったような気がした。ある1曲のあるフレーズだけにパッションを込めるだけでなく、今日演奏する3曲が全体として音楽史(西洋音楽史)の中でどのような意義をもつか定めようとする。作曲家の人生や懊悩なんかはすっぱり捨象して。

マーラーの第10番、アダージョ。この曲の印象も同じ。各声部を混ぜずに、おのおのの音を尊重しながらアンサンブルを構築していく。特に、狂言回しの役回りをするヴィオラを大切に。あと、木管群とホルン。N響はやっぱりうまい。ジンマンのマーラーのチクルス録音は、1、2、5だけしか買っていなかったので、帰りにタワーレコードで3、4、6を購入。第10番の録音がいつになるか楽しみ。実演でもきいてみたいもの。

シュトラウスのツァラトゥストラ。書棚の岩波文庫2分冊は傍線と端折りばっかり。この曲、「2001年宇宙の旅」以外で実演をきけたのはよかったが、スコアの勉強が足りず未消化のところもあり、またの機会を期す。シュトラウスはこのあとハイティンク;シカゴとルイージ;ドレスデンが続く。きちんと予習せねば。

先週横浜できいたヒラリー・ハーンの余韻はまだ残っていて、Twitterで彼女のヴァイオリンケースの後をフォローしたりしている。ヒラリーのヴァイオリンとジンマン;ボルティモア響が共演したCDも追ってききたい。

※写真は、第10番のスコアに載っているマーラーのデスマスク。初めてみた。怖い。

2009/01/17(Sat)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


ヒラリー・ハーン@横浜みなとみらいホール

1049023223_243.jpg

2009年1月9日(金)19:00
ヒラリー・ハーン(vn)
ヴァレンティーナ・リシッツァ(p)
横浜みなとみらいホール(1階C7列3番)

イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番 ホ短調 作品27-4
アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第4番「キャンプの集いの子どもの日」
ブラームス(ヨアヒム編曲):ハンガリー舞曲集(第10、11、12、19、5、20、21番)
アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第2番
~休憩~
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第6番 ホ長調 作品27-6
イザイ:子どもの夢 作品14
アイヴズ:ヴァイオリン・ソナタ第1番
バルトーク:ルーマニア民族舞曲
~アンコール~
パガニーニ:カンタービレ
ブラームス:ハンガリー舞曲 第5番


イザイのソナタ第6番。G線上のトリルで始まった曲は、技巧のかぎりを尽くした末に主音Eで閉じられると、手品か何かをみせられたような感じがした。編み物をほどき、それが1本の糸でできていることをたしかめるや、一瞬で元の形に戻してしまう。そんな手品。

イザイ最後の弟子の、また弟子。ヴァイオリンの技芸がどのように伝承されるか、まったく知らないが、孫弟子、嫡流のこれみよがしな力みはなく、ごく淡々と弾かれる。だからいっそう、「ああ、これこそが」と思わないでもない。

作曲家の書いた音のひとつひとつを丹念に再現して、それ以上余計な踏み込みをしない。奇を衒わず飾らない。その姿勢は地味といえば地味。大向こう受けする身振りもないので、見方によっては情熱が足りないと映るかもしれない。この点、昨年暮れにきいたコパチンスカヤと対照的。

楷書の手本を崩さずに写す。写すだけだって大変な修練が必要だろうし、きれいに写された楷書はやっぱり美しい。どんな難曲だってカデンツァだって、汗もかかず、眉根も曲げず、さらりと弾ききる。そうできるようになるまでの努力や練習の跡を聴衆には決してみせない。それがこの人の美質なのだろう。

プログラムをあらためて眺める。アイヴズのソナタの中に響くエコーをネイティヴとして感じられるアメリカ人で、師匠がブラームスに心酔していた人で、しかも彼はイザイの弟子。であれば、この人にしか組めない演目。この人でないとできないプログラムというのは、昨年のエマールの演奏会で感じたことだった。

「私の録音したアルバムが、人々の人生を変えたり作品を再定義するなんて幻想をもっていません」

レコーディング・アーティストとして、こういいきる人は、とても珍しいのではないだろうか。

バレリーナのような細くて長い首。その上にのった小さな顔。美人かどうかは微妙なところだが、私は好み。

ピアノのヴァレンティーナ・リシッツァは、主役を立てる役割に徹した好演。19日のソロリサイタルはどんなことになるのやら。

【予習した録音】(Amazon.co.jpまたはiTunes Storeへ)
Gidon Kremer - Ysaÿe: Six Sonatas for Solo Violin, Op. 27
和波孝禧 - イザイ: 無伴奏ヴァイオリンソナタ
四方恭子 - イザイ: 無伴奏VNソナタ
Eugene Ysaye(「子供の夢」の自作自演 ※iTunes Store)
icon
Hanzheinz Schneeberger, Daniel Cholette - Ives: Sonatas for Violin and Piano
Maryvonne Le Dizes, Pierre-Laurent Aimard - Bartok: Violin Sonata, Rumanian Dances







2009/01/09(Fri)
ライヴ - クラシック | trackback(0) | comment(0) |


トップへ

プロフィール

Woo

最近の記事
カテゴリー
シンプルアーカイブ
ブログ内検索
Twitter

QRコード

RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。